日曜日の<プレマ・セミナー>で
東洋の聖書【バガヴァッド・ギーター】の解説を続けいていたとき、
ある方が、西洋の聖書も解説してほしいと言われたのが、
【ヨハネによる福音書】を取り上げた直接のきっかけだった。
【バガヴァッド・ギーター】を終えるというときには、
何人かの方からは終わらないでほしいというご要望をいただき、
その皆さんの祈りのせいか、
予定よりも2、3回、解説は長引いた。
その後、【ヨハネによる福音書】に入ったが、
イエスの弟子のなかでももっとも霊性の高かった弟子といわれるだけあって、
なんと第一章を解説するのに12回、一年を費やした。
充実した一年だったが、それほど、
【ヨハネ】の冒頭は抽象的、かつ深い意味合いを持つものだった。
ところが……
ここに一つの問題が起きてくる。
この調子でいくと、【ヨハネ】全21章を終えるのに、
あと20年かかる計算となる!!
私も、何人かの皆さんも、おじいさん、おばあさんになってしまう。
20年後、多くは白髪となった私たちが、
【ヨハネによる福音書】の最後のページを読み、終了する、というのもよいが、
しかし実際はそうならない。
第二章から先は、きわめて具体的に、
イエスの生涯と教えが語られる部分へと入っていくので、
今後は一回に一章の割りで進んでいける予定である。
抽象的な第一章に比べ、
普通に読んで“面白い”と感じられるのもここからだ。
22日(日)に読む第二章は、
イエスが最初に現した有名なぶどう酒の奇跡の話。
それから、「宗教(霊性)とお金」という、実際的な話題へと進んでいく。
イエスと聖母マリアとの関係性がはっきり現れるのも、この箇所だ。
救い主とその母との関係性は、霊妙にして崇高、
人知の範疇をはるかに超えるものであるが、
内容は深く、解説は平易にを心がけ、
今後の解説も続けていく。