今回、大木神父が急遽帰国されたので、さまざまな話をすることができた。ポカラでの活動はもちろん、日本の教育全般や学校運営のこと、昔の思い出等々、話題は尽きなかった。
数年前、「聖マリア奨学金」をお出しして大学進学を援助した少女は、今、中国で医学を学んでいるという。将来、医者となって帰ってもらい、まだまだ貧しいネパールの人びとのために尽くしてほしいと希望を申し上げた。
障害児教育の学校のほうは、今回の有り難いご寄付を始めとして、おおむね資金的な目処がたったようである。しかし……
神父が長年、構想を温めている教会のほうは、もう少し時間がかかりそうだ。障害児のために、ということでいただいたお金を教会のためには使えないので、私のほうは、むしろ教会のために、またはどんなことにでもお使いくださいと申し上げて寄付をしたらよいかと思っている。結局、キリスト教徒や、キリスト教徒が呼ぶ神をお喜ばせすれば、それは普遍的な神をお喜ばせしたことになる。逆に、貧しい、または病気のヒンドゥ教徒を助ければ、それは渇き、苦しむイエスに水を差し上げたに等しいと、マザー・テレサは考えたのであった。
この日、大木神父へと託されていたお金は、お名前と一緒に直接神父に手渡した。
(ちなみに、ご報告が遅くなりましたが、先般のカンボジアの農協基金は、皆さまからお寄せいただいた82万円全額をカンボジアの村を支援する会にお送りしました。ポカラも、カンボジアも、ご協力いただいた皆さまに心より感謝いたします)