第十三回 〜二千年の聖都への大巡礼 サンティアゴ・デ・コンポステーラ〜 七日目-1


ファティマで聖母のご出現を仰ぎ、三つの預言を聞いたルチアは、コインブラのカルメル会修道院で97歳まで生きた。3年前、この修道院を訪ねた際にはまだルチアが存命中であったが、その彼女も昨年亡くなった。
いまだ聖女の息づかいの残るこの修道院を訪ねることは、アヴィラ、ガラバンダル、サンティアゴ、ファティマ等の大聖地をいくつも含む今回の旅行中でも、私は特に楽しみにしていた。
ところで、今回の旅に臨むにあたり、私には二つの不安があった。
二年に一度ほどやってくるしつこい咳が、ちょうど出始めていた。一度始まると一カ月は止まらないので、バスのなかで毎日何時間も解説をすることが可能かどうかが大いに危ぶまれた。……が、今回も巡礼が始まってみると咳は止まってしまい、今も再発していない。
もう一つ、まったく個人的なことだが、私なしには解決できないと当事者が主張する問題が親戚関係に発生していた。たしかに複雑かつ重要な問題だったので、ヨーロッパ時間の夜11時か、または朝5時ならば電話してくれてよいと言って日本を発った。実は今まで、海外でこの携帯が通じたことはなかったので高をくくっていたのだが、こちらのほうはいざ蓋を開けてみると、毎朝、毎晩のように電話がかかってきたのだった。
この日もまた、朝5時半から対応し、そうして7時、少しでも瞑想するか、または朝食をゆったりとるかと思案していたそのとき、今度は部屋の電話が鳴った。添乗員の下江さんが、今、コインブラ中央駅にいるという。
はて……?? 今日の観光に、鉄道の駅が入っていたか……。そう思っていると、下江さんが言った。
「実はQさんがパスポートを失くされまして、これからリスボンの日本大使館に行っていただくところです」
本人が電話を代わったが、すっかり恐縮している。そうだろう。きわめて有能な彼女は、いつも周囲を思いやる人でもある。それにしても何ということか。彼女は聖地ファティマの巡礼を、あれほど楽しみにしていたというのに……。
だが、ひとしきり話を聞いた後、私の口からはこんな言葉が洩れた。
「それが、君にとっての巡礼だ。行っておいで」
受話器を置いてから、もう少し思いやりのある言葉はなかったものかと悩んだ。
しかし考えてみれば、13回を数える『大いなる生命と心のたび』のなかで、聖地や聖者、聖女たちに夢中になってきたわれわれが、今までパスポート関係のトラブルに巻き込まれることなく予定通り帰国できたこと自体が、むしろ不思議だった。そうして、ついに起きたこの事態に際し、旅の参加者が一人でも離れてしまうことが私の心にどれほど鋭い哀しみを与えるものかを、私はこうして初めて知った。


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