天才 2


1世紀の間解くことのできなかったポアンカレ予想が、今度こそ証明されたらしい──。そのような情報が、1、2年前から流れるようになった。
証明は一風変わったロシアの数学者によって行なわれ、彼はそれを数学の専門誌ではなく、なんとインターネットに載せたという。
本当にこの証明が正しいかどうかの判断も容易ではなかったが(なにしろ、誰にも解けないのだ)、今年に入り、これが正しいらしいことに数学界の趨勢は大きく傾いた。
難問を解決した数学者グレゴリー・ペレルマンは、怪僧ラスプーチンを思わせるひげもじゃの顔で、キノコを探しながら森を散策するのが趣味だという。大学や研究所での昇進をすべて辞退し、若手数学者に与えられる賞も拒否した変人として知られる。
取材や交友を極度に嫌い、人前にもほとんど姿を見せない。昨年12月、ロシアの数学研究所を辞めた後は数学界から姿を消し、他の研究者との連絡も絶った。
折しも、4年に一度開かれる国際数学者会議が近づいていた。この会議で、数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞受賞者が発表される。
ポアンカレ予想という大問題を解いたペレルマンの受賞は、確実だった。が、このままでは受賞者が行方不明という前代未聞の珍事となる……。
8月22日、国際数学者会議において、栄えあるフィールズ賞受賞者の名前が読み上げられた。孤高の天才が、ついに学界の頂点に立った瞬間だった。
3000人の関係者から、ひときわ大きな拍手が送られる。ペレルマンの姿を探そうと会場内を見回す者もいた。
が、続いて、70年にもわたるフィールズ賞の歴史上初めてとなる、次のようなアナウンスがなされた。
「残念ながら、ペレルマン氏は受賞を辞退されました」
会場全体が、ため息に変わった。


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