かつて、モハメド・アリは、戦いの前から相手を口汚く罵ってやまなかったが、後に彼が重度のパーキンソン病になったとき、私は複雑な思いだった。
アリは、ほとんど口がきけなくなった。口汚く相手を罵ってきたことと、日常会話すらもままならなくなったこととの間に、科学的な因果関係はない。偶然か、または過酷なボクサーという職業柄、そうなったのであろう。だが、それは真に偶然なのか。
まっく分野は違うが、田中角栄もまた、良い悪いは別として日本の政界で怖れられたが、最後はあのようなかたちで亡くなっていった。
人は生きている間に、自分のやってきたことの帳尻の、少なくとも一部は合わせなければならなくなるように、私には見える。次の人生に持ち越す部分があったとしても、いちばん最後には、やはりすべての帳尻を合わせなければならなくなる。
今回の判定は、直接的には、懸命にトレーニングに励み、戦った亀田本人の責任ではないだろう。だが、日本のボクシング界にとっては大きな損失であった。
そして、亀田興毅という一人の才能ある青年にとっても、さらに厳しい十字架の始まりになったのではないかと危惧するのは、私だけではないに違いない。
青山圭秀
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