美学 5


試合開始早々、山本キッドの右が空を切った。その瞬間、シュッという鋭い音が会場に響いた。拳と空気の摩擦音に、観衆が静まり返る。
そうしたキッドの攻勢をことごとくかわそうとしたグレイシーだったが、2R、膝蹴りに出ようとしたところをキッドの右フックが捉えた。一発で終わりだった。
しばし呆然。となりにいた溝口さんも、いったい何が起きたんだと戸惑っていた。キッドの右が見えなかったのだ。
その他にも、このトーナメントは話題が尽きない。変幻自在のトリック殺法を繰り出す須藤元気、ファッション・ショップを経営、ファッション紙にモデルとしても登場しながら格闘界に君臨するプリンス宇野薫、王者ノゲイラをバックハンド一発で葬り、一気にスターダムにのし上がった所英男ら、話題は尽きない。
だが、そうして注目されているとはいえ、彼らはブラッドバリーのような幸運男たちではない。人生を格闘に賭け、それぞれに喘ぎ苦しんでいる若者たちだ。あるいはアルバイトで生計を立て、あるいは風呂のない6畳一間で生活し、練習後はキッチンのシンクで頭を洗い……。山本キッドのようなスターですら、おそらくその内面は苦悩に満ちているに違いない。
いずれにしても、私の関心事はただ一つ。大山君に勝ってほしい。それだけだった。


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