美学 3


オーストラリアの幸運男の回顧物語が新聞の夕刊に載っていた頃、私は有明コロシアムにいた。
HERO’S 2005、ミドル級世界最強王者決定トーナメント。この日、前回のエッセー3月26日『復活』で紹介した大山峻護君が、ふたたびリングに立つ。
相手のサム・グレコは、奇しくも幸運男と同じオーストラリアの出身で、空手時代の戦績は96戦92勝4敗。この世界では鬼のように恐れらていることを、一緒に行った溝口さんが口を酸っぱくして説いてくれる。彼は有能な税理士でありながら、格闘界にも詳しい。
実際、どんなに強い奴も、どこかでは負ける。デビューしたての頃か、慣れてきて気を抜いてしまったときか、体調が悪いとき、減量に失敗したとき、衰えて引退する前等々……。あの山下泰裕も負けた。沢村忠も負けた。田村亮子も負けた。
不敗のまま引退した格闘家など、ほとんどどこを探してもいはしない。私以外は。ただ、私は勝ちもしなかった。公式試合をしなかったのだから。
いずれにしても、100戦近く戦って4敗しかしていないという今回の相手は、ほとんど神か、悪魔に近いと言える。


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