赤髭は素早く席を立つと、出口とは逆の方向にまっすぐ歩いて行った。
反射的についていった私に、レジ前で彼は言った。
「先生、私の分、おごってくれません??」
「あ……ああ……」
私は笑って誤魔化そうとした。野菜炒め定食、二人分は無理です! とも言えない。だが、赤髭は続けてこう言った。
「逆に、先生の分は私がおごります。これで気持ちいいでしょう」
「……」
幸い、私の850円は足りて、赤髭の世話にはならずに済んだ。500円玉の大物があったのが、最大の勝因だった。
それにしても、考えてみれば、もともと患者本位で金にもならない医療を実家と決別してまで実践しようという赤髭が、食い逃げなどしようはずがないのである。
そんなことをするくらいなら、漢方薬を出し、ステロイドや飲み薬もたんまり出して、保険点数を稼げばよい。それでもお釣りが来るので、マンションを買い、奥さんに隠れて女を囲い、一本100万円のウイスキーを浴びるように飲み……などすることもできるのである。
ただ、日々、医療の現場で孤軍奮闘する赤髭にとっては、このようにして人を担ぐのが楽しみなのかもしれない。
「私、頭が悪くてね……顔はいいんだけど」
赤髭はそう言って、ふたたび童顔をほころばせた。
青山圭秀
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