新法王 11


多くの弟子を集め、敬愛される聖者に嫉妬する者がたくさんいるのは、世の常である。聖者は命すら狙われた。
あるとき、毒入りの飲み物を勧められた彼は、分かっていながらそれを飲み干した。……が、祈りの力により、毒はまったく無害となったと伝えられる。
彼が西暦530年頃に創立した修道院に、モンテ・カッシーノ修道院がある。世界史の教科書にも登場するこの修道院で、聖者は祈りの生活を送りつつ、自らの会則の決定版を書いた。
ただし、修道会に必要なのは、修道士を縛り上げる細かい規則ではなく、むしろ人格者の手本であると聖ベネディクトは考えていた。
まさに、彼自身がそのような手本となり、ここに西洋キリスト教文化の基盤の一つともいえる修道会制度が発足した。が、それでも、長い歴史のなかで、多くの修道会は戒律を形式的に遵守させるだけの共同体へと堕落していった。
547年、聖者は、弟子に体を支えられながら祭壇の前で祈りを捧げつつ、亡くなった。
かつて聖ピオ神父の聖地サン・ジョバンニ・ロトンドを訪問する途中、バスのなかから、はるか山上のモンテ・カッシーノ修道院を見上げたときの感動が思い出される。


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