シンポジウムに予定されたのは、午後1時から6時までと異例の長時間であった。
ところが、それでも議論は尽きることがなく、日本語、英語、韓国語が交互に飛び交うありさまで収拾がつかない。日・英・韓を操ることのできる通訳者は一人しかおらず、途中で疲れてしまった彼は英語の通訳をしなくなったので(無理もない……)、可哀相な座長は通訳と進行、議論の整理のすべてを兼ねることとなってしまった。
株式会社ライトフィールド社長である池田明子氏のご主人は梅沢劇団・副座長であるが、科学の世界の座長はそれとは少し性格が異なる。学会の座長は、口演者の紹介に始まり、時間配分、質疑応答の割り振り、議論の整理、ときには通訳等々、学会口演のすべてを仕切る。
結局、時間を大幅にオーバーして、5時間半を費やした議論を終了したが、その後もここそこで局地戦が戦われた。
……が、その頃には、私はすっかり疲れてしまっていた。不覚にも、この長時間シンポジウムの座長を引き受けてしまったのが、私だったのだ。
青山圭秀
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