心中 2


かつて『マハーバーラタ』の英訳者van Buitenenは、わずか3冊を出したところで亡くなった。
『マハーバーラタ』と並び称せられる、しかし量的にははるかに少ない『ラーマーヤナ』を訳し始めた岩本裕先生は、2冊を出したところで他界された。
この仕事にかかりきりになれば、死ぬまで他の仕事はほとんどできない。つまり、心中することになるのである。
ところが上村先生は、この仕事に着手することを決意する。四十代という年齢のなせるわざだったかもしれない。だが、なんといっても、『マハーバーラタ』ならば心中の相手として不足はない……という気持ちが、その決断をさせたのに違いない。
そうしてどうなったか……。予定された全11巻のうち、第7巻を出されて、亡くなられたのである。
新聞紙上で先生の訃報に接したときの驚きを、私は今も覚えている。やはり『マハーバーラタ』と心中されたか……。
だが、気の毒だとは思わなかった。むしろ、なんと幸せな人生であったろうと、勝手に想像した。こういう生きざまを、わが国では「男子の本懐」と呼ぶのである。


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