マーヤー(幻…)1


「ナギサ・オオシマ……彼は天才だわ」
今から二十数年も前、プッタパルティのサイババのアシュラムに初めて行ったとき、
そこで出会ったユーゴスラビアの女優・ソフィアが言ったその言葉を、
私は今もありありと想い出すことができる。
そのことは拙著『理性のゆらぎ』のなかで、実際にあったままを書いた--
とばかり私は思っていた。なぜなら、
大島渚監督が私の本を愛読してくださっていることを後に関係者の方から聞き、
私が『理性のゆらぎ』に書いたソフィアの言葉を、
たまたま監督が読まれたのだろうと、長年に渡って思っていたからだ。
ところが、今日になって新たな発見をした。
『理性のゆらぎ』のどこを探しても、あのソフィアの言葉が見当たらない。
一般に、本というのは、版を重ねる都度、出版社から一冊ずつ、贈られてくる。
したがって、『理性のゆらぎ』は私の手許に数十冊あってもよさそうなのものであるが、
ところが、それが一冊もない。
それらがどこに行ったのか、まったく分からないのだが……


いずれにしても現在、私の手許には文庫版しかないので、
知人に親本のほうも見てもらった。が、
そのような記述はないと、調べる前から笑われてしまった。
私の本は何回も読んでいるから、
そんな記述があればすぐに分かると、面倒くさそうに言われたのだ。
まるで狐につままれたような気分であった。


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