この夜、遺体を安置した大きな広間では、
私が一人で寝ることになっていた。
会員さんの一人が布団を敷いてくれたが、
柩の前ではおしゃべりが始まってしまい、
それはしんみりするどころか白熱していって、
とうとう大笑いにまで発展していった。
もしかしたら、いやおそらく、隣の部屋では別の遺族が、
静かに最後の晩を過ごしておられたかもしれない。
しかし、このとき話された内容というのは、もちろん、
生前の父と話すようなことが一度もないものだった。
何より、いつも勉強や仕事ばかりしていた父と子だったわけだから、
私がこんなにも多くの友人・知人と笑い、
東京の言葉で語らい合うのを見て父は大いに驚き、
「そんな話は初めて聞いたぞ」と言いながら起きてきて、
おしゃべりに参加するのではないかと思われた。
最初、東京やその他の遠方から葬儀に参列したいという方がいても、
そんな、とんでもない、広島は遠いですから、と必ず言ったが……
ここへきて、あの人も、この人もここにいて、
最後の晩を父と過ごしてくれたらよかったと思い始めていた。
そんななか、何かのご縁で実際に来ることのできた方たちとのひとときではあったが、
実際に父は、この会話、というより笑いに参加していたのかもしれない。
そして、心から喜んでくれたに違いない。