私の系譜 15


父の闘病から死、そして葬儀に至る一連の出来事を思うとき、
その様子は、よくも悪しくもあまりに“人間的な”出来事にあふれていて、
まとまった時間があれば一冊の小説にしたいくらいである。
それらをいま、短いブログに書くことは到底できないが、
通夜の晩のことを少しだけ書いてみたい。
夕方6時に始まった通夜は、7時には終わった。
東京で通夜に出席すれば、その後、弔問客全員に食事が振る舞われるが、
私の田舎ではそのようなことはなく、
食事は親族だけで行なった。
その席に、遅れて来られた知人が二人おられた。
一人は、広島県福山市を広島市と思ったために、
広島まで行ってしまったと言われ、大変申し訳ない気持ちになった。
もうひと方は、福岡から新幹線でおいでになって、
柩の前で拝まれると、そのまま出ていかれようとした。
「少しだけ、お食事でも……」
と申し上げたがお時間がなく、
そのまま新幹線でとんぼ返りしていかれた。
親族にご用意した料理は大量に余ってしまい、
斎場の方に相談したが、どうすることもできない。
「足りなくなるよりは、いいですから」
おそらく毎回のように言ってきたであろう台詞を、
私も聞いて納得する他なかった。
ただ、これだけの料理を無駄にするのは、
質素に生きてきた父に申し訳ないと感じたので……


東京からきてくれていたYさんに電話して助けを求めると、
一緒にいた皆さんが駆けつけてくれた。
美味しそうなものだけ少しずつでも召し上がっていただき、
翌朝の食事やデザートになりそうなものを包んでくれてほっとしたころ、
柩の前では、自然におしゃべりの輪ができていった。


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