運転していた女性は、気丈で冷静だった。
迂回路に入ったときも、渋滞に気づいた彼女は、即、
もとの幹線道路に戻ろうとしたのだった。
ところが、一方通行であったり、
タイミングが微妙にずれたりしてそれができないでいる間に、
猛スピードのタクシーに衝突された。
こうした事情や、もともとが善意のボランティアであることを思えば、
さぞ無念であったろうに、
彼女は朝早く起きて作ってきたという食事を私に手渡し、言った。
「タクシーを拾って、早く伊勢に向ってください。
ここは私がちゃんと処理しますから」
たしかに、そのとおりだった。
今、私がいかなければ、
“今日”という指定のある伊勢神宮での供儀は永遠にできなくなる。
そんなことは、伊勢で待つはずの会員の方と、予言を残された聖者、
神々に申し訳なくてできない。
しかしこの場を後にするということもまた、できなかった。
これからここには救急隊が来て、警察も到着するだろう。
そのとき、彼女はこれに対応しなければならない。
相手はタクシーの運転手だから、
今はフラフラしているとはいえ、
こうしたときのためのマニュアルを勉強しているに違いない。
それは、自らと会社の利益を最大限保全するものだろう。
私の感じた限り、この住宅街で、
タクシーのスピードのほうが尋常ではなかったように思われる。
しかし、相手の運転手も生活がかかっている以上、
そのことを素直には認めないかもしれない。
証言は、大きくか、些細な点かは別として、食い違うかもしれない。
そのとき、警察がどちらの言うことを信用するのか……
私がいれば、少なくとも彼女は安心することができるに違いない。
そんなことが頭を駆けめぐり、その場を去ることができずにいる私に対し、
彼女はふたたび言った。
「先生、早く行ってください!」