2009年12月17日(6日目)
この日、聖者ラマナ・マハリシがこの地に来る前からあった、
シヴァ神大寺院を巡礼。
最初に聖者が来て瞑想に浸ったという千本柱廊の間でまずは瞑想、
それから、主神であるシヴァ神と女神パールヴァティを礼拝した。
かつて聖者も瞑想に耽った千本柱廊
そのままホテルに戻って昼食の予定であったが、
なんとかもう一度、30分でもラマナ・アシュラムに寄りたい。
そう思って無理を言い、最後にそうすることができた。
ほとんどまっすぐ瞑想部屋に向かうと腰を下ろし、瞑想を始めたが、
バタン、バタンという大きな音がする。
静寂の支配するこの部屋でどうしたことかと思っていると、
11時半となって、掃除のおばさんが入ってきたのだった。
おばさんはこれ見よがしに座布団をはたくと、
その場にいる全員に、「掃除時間だよ! 瞑想やめて出てってね」
といわんばかりである。
規則なのだから仕方がない。
聖者が眠るプージャ・ホールに移り、瞑想を続けたが、
ここも昼の12時でいったん閉まる。
最後の10〜20分をここで瞑想と祈りの時間とし、
ちょうど12時に全員がここを出た。
約束通り、きっかり30分。
もう少しいたいという気持ちを振り払い、われわれはアシュラムを後にした。
聖者の眠るプージャ・ホール
昼食後、ヴェロールに向かう。
近郊はラトナギリの丘に、この地方を代表するムルガ神の寺院があるという。
訪れてみると、丘の上に階段があり、かなり新しい寺院が建っていた。
40年ほど前にこの地にやってきた一人の僧侶が、
厳格な沈黙行を続けながら建てたという、立派な寺院だ。
中央の主祭壇ではちょうど儀式が捧げられていて、
入り口のところにはこの寺院を建てた僧侶が座っておられた。
これだけの寺院を建てるのに、いかほどの苦労があったことか……。
しかも彼は、何も言葉を発しないのである。
まさに、言葉ではなく、人格で建てた寺院だ。
そうしてここで、以後何百年、何千年と、ムルガ神が礼拝されることだろう。
一回の人生の間にこのような偉業を成し遂げることができたら、どんなに幸せか。
この方にすっかり憧れてしまった私は、思わずその御足に手を触れる。
ムルガ寺院への階段
この日の最終目的地ヴェロールの地で、15年ほど前、
一人の若者が神々しい女神を見た。
その後、若者の住居近くの土地が盛り上がり、
なかから人の背丈ほどの女神像が出現するという奇跡があった。
女神サラスワティの英知、女神ラクシュミの富、女神ドゥルガの力を併せ持つ、
すなわち相対世界のすべての要素を兼ね備えられた、女神ナーラーヤニ。
自らがその化身であることに気づいた少年もまた、
周囲の人びとに対してさまざまな奇跡を行ない、
気づいてみれば、この地に黄金の寺院が建立されていた。
寺院の周囲は美しい池が巡らされているが、
前回訪れたときには水がなかった。
今回はそこに水が張りめぐらされ、水面には燦然と輝く黄金の寺院が映っている。
その主祭壇に至る前、周囲を歩いていると、
さまざまな人びとや風景の写真とともに、聖者による金言が掲示されている。
ふとみれば、そこには一枚、見覚えのある写真が。それは……
前年、ここを訪れたときに聖者にお目にかかったときの私の写真だった。
その脇には聖者の金言。
『すべて、われわれの持ち物は自分のものではなく、神のものである』
まさに、そのとおりだ。それを自分のものだと勘違いすることから、
あらゆる悲喜劇が勃発する。
よくぞ、光栄にも私の写真の横に掲示していただいた。
むろん、相当に恥ずかしくはあるが……。
その後、われわれは地中から現れたナーラーヤニ像を拝礼に向った。
何人かの方は昨年もこの像を拝礼しているが、
去年よりも目鼻だちがはっきりされて、
さらに美しくなられたと興奮気味に証言された。
実はこのエリアは、一般には公開されていない。
われわれが黄金寺院を拝礼している間に、
聖者ナーラーヤニご自身が直接事務方に指示をされ、
ナーラーヤニ神像の拝礼が可能になったと、後で聞いた。
神々からの贈り物