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青山圭秀エッセイ (2026年9月30日配信より)

『君が代』

「りくりゅう」こと三浦璃来・木原龍一ペアはミラノ・コルティナオリンピックで金メダルの栄誉に輝いた。しかしそこに至るには、“順調”というにはほど遠い苦難の連続があった。
 
木原はもともとシングルであったが芽が出ず、ペアに転向した選手である。が、三浦と組む前には二度パートナーが替わっている。ソチ、平昌と五輪に出場したものの、上位には手が届かなかった。
 
さらに脳振盪や肩の関節損傷に苦しみ、バイトで生計をつなぎながら「引退」を考えていた2019年、三浦からペアを申し込まれた。当時、木原は26歳、三浦はわずか17歳。簡単ではなかったが、けんかをしてもその日のうちに謝るなど、時間をかけて関係性を構築したという。コロナ禍となったのはそんな折り、ようやく出会い、これから技術を高めようという矢先のことだった。
 
それでも練習を続け、2022年北京五輪では日本人ペアとして初めて入賞(7位)を果たしている。続く22–23年シーズンには、GPファイナル、四大陸選手権、世界選手権のすべてを制し、年間グランドスラムを達成した。
 
ところがその翌シーズン、木原が腰椎分離を発症。練習もできず、世界王者でありながら試合に出られない一年を過ごす。さらに2025年の全日本選手権では、今度は三浦が左肩を脱臼した。
 
木原が「これが最後のチャンス」と心に決めていた今年のミラノ・コルティナ五輪、SPでリフトのタイミングが合わず、まさかのミスが起きた。5位発進、首位とは7点近い差がつき、「もう無理だ……」と心が折れた木原は、コーチやトレーナー、他の選手らが「まだ終わっていない」と励まし続けるなか、翌日の公式練習まで涙が止まらなかったという。
 
この時、木原を支えたのが9歳年下の三浦だった。「私は、龍一くんのために滑る」。翌日のフリーで二人は世界歴代最高の158.13点を叩き出して逆転、日本人ペアとして史上初の五輪金メダルに輝いた。
 
表彰式で、ふたたび木原の目から涙がこぼれ落ちた。が、実は観客のなかにも涙を拭う人たちが数多くいたと伝えられる。ペアの最終演技は感動的だった。彼らの苦難の歴史を知っている人たちもいただろう。しかし、観客の涙の理由は「君が代」にあったとも言われている。
 
「わが君は
 千代に八千代に
 さざれ石の
 巌となりて
 苔のむすまで」
 
『君が代』のもととなったこの歌は、905年(延喜5年)に成立した『古今和歌集』の賀歌に収められたものだ。一世紀を経た1013年、『和漢朗詠集』では冒頭が「君が代は」となり、現在の国歌と一致している。
 
「詠み人知らず」のまま千年間歌い継がれたそれを、明治政府が国歌にした。一時期、わが国が軍国主義に陥ったときには「君」を天皇と限定し、政治的に利用されたときもあった。しかし、もともとこれは「あなた」、さらに言えば「お慕いするあなた」という意味である。
 
多くの国の人々にとって、国歌とは国の威信を示し、戦いや独立を表すものだ。
 
例えば、アメリカ国歌は「激しい砲撃を耐え抜き、夜明けにもなお星条旗ははためいている」と高らかに歌う。
フランスは「フランスよ、武器を取れ、市民よ、汚れた血で畑を潤せ」
イタリアは「古代ローマの栄光を受け継ぎ、命を懸けて戦おう。我らは死をも辞さない」
中国は「我らの血と肉をもって、新たな長城を築くのだ」
そんななか、海外で紹介されたという『君が代』の一つは、以下のようだ。
 
 「あなたの命がいつまでも続きますように
  小石が積もって巌となり、苔が生えるほどに
  あなたの命が永く続きますように
  そして幸せでありますように」 
 
原文にはない最後の一文は、おそらく訳者の心情が抑えきれなかったのだろう。そう考えるとさらに、私自身が手を加えた次の“訳”が、私は好きだ。
 
 「あなたをお慕いするこの気持ちは
  たとえるなら小石が積もって
  やがて巌となり
  さらにそれを苔が覆い尽くすまで
  何千年も
  何万年も変わらないでしょう……」
 
三浦璃来・木原龍一選手は五輪金メダルを花道に、このたび引退し、婚約を発表されたという。
まだ若い二人、いつまでも、いつまでもお幸せにと、祈らないではいられない。