記録 3

 これを聞いて、そうだ、積み重ねていけばどんな夢でもかなうんだ、などと思った若者もいるだろう。素晴らしいことだ。夢に向って努力したらいい。だが、ぼくがこの言葉が好きな理由は、そんな“美しき誤解”に基づいたものではない。
 実際、われわれはイチローのような天賦の才を持ち合わせてはいない。小さなことを積み重ねたとしても、われわれの誰もが世界記録を打ち立てたり、歴史に名を刻むわけではない。それは、受け入れるしかない事実だ。
 ところが、ここにもう一つの事実がある。かりに外側のことは達成できなくても、内側のことは達成できる。それどころか、外側のものには限りがあるが、内側のものには限りがない。外側のものは時とともに色褪せ、失われるが、内側のものは色褪せたり失われたりしない。
 とりわけ、すでに瞑想を始めた皆さんに、私は自信を持って言う。少しの時間の、日々の瞑想の後に待っているもの。それは世界記録とか、金メダルとかではないかもしれない。だが、そうしたものよりもっと深く、もっと広く、真の意味でとてつもない何かが、そこには確実に待っている。
 これは信じたり、夢見たりすることではない。ただ実行し、実際に手に入れるものなのだ。

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明日

「エッセイを読ませていただいてますが、ポーンと飛んだりすると淋しいですから、頑張って書いてくださいね」
 こんなお便りをいただいた。そう、ぼやぼやしてると、すぐにポーンと飛んでしまう。現に、イチローについて書きたいと思っていたが、日常の細かなことに追われてすっかり機を逸しそうだ。今日も書けなかった。明日に期待。

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麻薬  1

 「先生のご専門は、麻薬でしたよね」
 昔、そんなことを言われたことがある。私の専門の一つは「麻酔」であるが、麻酔薬と麻薬とは少し違う。
 麻薬とは、「麻酔作用を持つ物質のうち、依存性を有するため、法律上、取り締まりの対象となるもの」であると、国語辞典には載っている。この定義に従えば、依存性を有し、法律上取り締まられているものでも、麻酔作用を持たないものは麻薬ではない。その意味で、「覚醒剤」は麻薬ではない。が、人体に対するその有害性から、覚醒剤は覚醒剤取締法という法律で、麻薬とは別に取り締まられている。
  昨日もまた、本来才能豊かであったはずの芸能人が一人、覚醒剤所持で逮捕されていた。初犯でなく、執行猶予期間中であったので、今度はおそらく5年程度の実刑 だろうという。マスコミは、彼を簡単に批判する。たしかに彼は、非難されるべきだ。が、何かが依存性や耽溺性を持つとは、本来こういうことなのである。

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麻薬 2

 ところで、人体に極めて有害で、“立派に”依存性も持つが、法律上、取り締まられていないものもある。「タバコ」はその代表的な例である。
 たとえば、肺ガンで亡くなった人の72%、咽頭ガンで亡くなった人の65%、そして喉頭ガンで亡くなった人の96%は、日々の喫煙が原因であったろうと推測できる合理的な根拠がある。ガンだけではない。呼吸器疾患、循環器疾患、消化器疾患、精神疾患、産婦人科疾患、代謝疾患、神経疾患、歯科疾患等、ほとんどあらゆる分野の疾患と喫煙との間には、因果関係がある。
  そして何より、タバコを吸う人は、周囲の人に日々、損害を与えている。そのことに気づいた少数の人はタバコをやめようと思う。いや、そうできたらいいと思う人は意外と多いのかもしれない。だが、いったん身についた喫煙の習慣は、もはややめることなどほとんどできない。依存性とはそういうことだ。

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麻薬 3

 喫煙の習慣は、日本には欧米諸国から輸入されたと思われる。今日でもなお、海外ブランドのタバコCMが、テレビで放映されている。
ところが、国民の喫煙率をみてみると、たとえば日本人の男性が6割近いのに対し、アメリカ人男性は3割を切っている。戦後、アメリカのタバコ会社は洪水のようにタバコを輸出し、日本国民の苦しみと引き換えに膨大な利益を挙げてきたが、自国における喫煙者ははるかに少数派である。私は、何でもかんでも“陰謀”と表現するのは好きではないが、実際、彼らの戦略はしたたかだ。
 いずれ、これからさらに何十年もかかって、わが国の多くの人がことの馬鹿馬鹿 しさに気づいたときには、今度はさらに発展途上国において同じことが行なわれるかもしれない。
子供たちにタバコをタダで与え、タバコなしには生きられないようにしておいて未来永劫、利益を挙げようということが、現に今、アフリカなどで行なわれている。そんな話を聞くと心が痛むが、なんのことはない、日本人も過去半世紀間、ほとんど無批判にタバコ会社の戦略に身を委ねて疑わず、その結果、ならなくてもよい人や、その周囲の人までガンやその他の病気にかかり、悲惨な死に方をしていった。

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麻薬 4

 大麻は怖い。大麻は法律で禁止されているからだ。
 その一方で、タバコは怖くない。タバコは一般的な嗜好品であるし、何より法律で認められているからだ。
 だが、総合的に見て、タバコと大麻とどちらがより有害であるかは、大いに議論の余地がある。
 学者によっては、タバコは大麻などよりもはるかに有害であると断言して譲らない。多くの蓄積された医学的データが、雄弁にそう物語っている。
 だが、それでもタバコは怖くない。周りでは、あの人も、この人も、タバコを吸っているではないか。
 タバコで人に迷惑がかかっていると言うかもしれないが、そんなこと、別にどうということもない。だって人前でタバコを吸ってやっても、文句を言ってくる人などまずいない。現に自分はタバコを吸いたいんだし、それになんといっても、タバコは法律で認められているのだから。

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誇り 1

 インドの旅は、例によって過酷だった。暑さに加えた、強行軍。昔日の旅人は『草を食み、泥水をすすった』というが、それほどでなくとも、実際に今回、私は兎の肉を食み、羊の脳味噌をすすった。
 ……といっても、生きた羊の頭を割って食べたわけではない。一応、調理されたものだったので、ご安心されたい。

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誇り 2

 ところで、インド亜大陸の最南端に、カニヤークマリという場所がある。東にベンガル湾、南にインド洋、西にアラビア海を臨むこの場所はまた、シヴァ神に恋をした乙女が、死ぬまで厳しい修行に身を投じたという伝説の場所でもある。彼女はそうして、カニヤークマリ(処女)という名の女神となった。
 ここの寺院で祈りを捧げた後、私の目に入ったのは、この地最高級のホテルであった。宿泊料2500円。疲労もピークに達していたので、清水の舞台から飛び下りる気持ちでチェックインする。ここなら、ケーブルテレビでオリンピックが見られるだろうという気持ちもあった。
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ベンガル湾に昇る朝日
(カニヤークマリ)
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ランソムの聖母教会
(カニヤークマリ)

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誇り 3

 期待に胸膨らませ、インド洋を眼下に見降ろす部屋に入って見たもの。それは延々と中継される「中国対ニュージーランド」(だったか……)の女子ホッケーの試合であった。失礼ながら、これを見てインド人は満足するのか? そうではない。インド人の出場する種目が、ほとんどないのだ。というより、彼らはもともとオリンピックに興味がない。旅の間中、登場してくるインド人のなかに、オリンピックに興味を示した者はただの一人もいなかった。彼らにとっては、それよりも、地方のクリケット試合の結果が気になるらしい。
 それでもこのとき、ホテルでは一つの祝賀会を計画されていた。
「われわれは、インド人であることを誇ろうではないか!」
 そのような見出しで始まる祝賀会のチラシには、数日前、男子ダブルトラップ射撃で銀メダルをとったラジャワルダン選手の名前が記されている。だが、ここは彼の地元ではない。ホテルが彼のスポンサーなのでもない。われらがインド人がメダルをとった!というのが、祝賀会の理由なのだ。ちなみに、現時点に至っても、インド人のメダリストはこの男一人である。

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誇り 4

 今や中国がアメリカと並ぶメダル大国になったのに比べ、中国以上の人口を擁するインドがなぜこれほどオリンピックと縁がないのか。その理由は、ほとんどのインド人にとっての悲願が、通常教育のなかでよい成績を収め、将来経済的に自立することだからだとBBCニュースが言っていた。共産主義政権において国家が威信をかけて選手を育成した中国とは、その点でまったく異なる。
 かりにもし、インドが国ぐるみで大金を投じ、スポーツに秀でた少年・少女を探し出して育成すれば、中国と同じとまではいかなくとも、多くのメダリストを輩出することだろう。そうして彼らには、一族郎党遊んで暮らせるほどの富と名誉が転がり込むだろう。が、そんなことは夢にも思わず、数えきれぬ数の天才少年・少女たちは、今日も道端で、塵芥にまみれて寝ころんでいる。あるいは、片田舎のレストランで汚れ仕事をしている。またはよくて、普通の勉強に精出しているか、サラリーマンをしていることだろう。
 今回のオリンピックでも、メダルの期待がかかるインド人は数人に過ぎなかった。そして、そのなかでも最も期待が寄せられた女子重量挙げのプラティマ・クマールは、ドーピング検査にひっかかり、早々にアテネを後にしたのだった。

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