転機 4

人生の転機は、よくも悪しくもある日突然訪れる。
が、それはもちろん、そのように見えるだけだ。もしこの世の中に、人びとの残したカルマ=行為のすべてが見える人がいたとしたら、(そしてそのような人が実際にいるわけだが)彼には、何が原因でどのようなことが起きてきたのか、起きてくるのかが、手にとるように分かるだろう。
だから彼には、この世の中がまったく公平で、特に憤ることもなければ焦ることもなく、悲しむこともないように感じられるだろう。
こうして、過去世からのさまざまな行為の結果は、ある日、ある時、ある場所で、正確に芽吹く。
よい行ないをすることや、聖典を学ぶことで、われわれはそれをある程度未然に防ぐことができる。また、瞑想することにより、悪い因子を“タネ”の間に炒ってなくすることが可能だが、それでも残ったものは正確に芽吹いてくる。
悪いカルマを種の状態の間に炒る有力な方法の一つは、まぎれもなく、聖典を学んで英知を高めることだと、何千年もの間言われてきた。
が、それは続けなければ意味がない。一人でそれを続けるのは難しいので、過去一年半、東洋の聖書【バガヴァッド・ギーター】の解説を続けてきたが、この度めでたくこれに区切りをつけ、7月9日(日)から西洋の聖書【ヨハネによる福音書】を解説する。
小さな転機に過ぎないが、第一回目は主として、旧・新約を通じた聖書、ユダヤ教文化とキリスト教文化全体の背景を語ることにする。

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転機 3

世界が決勝トーナメントに沸く間に、日本のスポーツ界では、中田英寿が引退を表明し、王貞治がガンを告白した。前者については、メルマガのなかで私なりの感想を書いたが、中田ファンには納得し難いものだったかもしれない。
後者は、スポーツ界で私の最も尊敬する人物だけに、残念でならない。日本球界における史上最強打者というだけでなく、人格者として名高く、なおかつ定期検診を欠かさなかったというこの人にして、ガンの病魔は忍び寄る。それほど、あの職業もまた、精神的ストレスが大きいのだろうか。それとも、われわれの住む環境のガン因子が大きいのだろうか。
松井秀樹が怪我をしたときにも、同じようなことを感じた。
松井は驚異的な青年だ。甲子園で、前代未聞の5打席連続敬遠をされたからではない。ヤンキースのレギュラーに定着し、4年で62億という年俸をもらうからではない。
そうではなくて、中学二年のときから一度も人の悪口を言ったことがないこの青年は、真の意味で驚異的だ。
才能、努力、そして人格のすべてを備えた松井にして、運命のちょっとした気まぐれは、ひとシーズンをすっかり棒に振るような怪我を引き起こさせる。人生はそうしたものだ。

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転機 2

今回、日本は一次リーグで早々に姿を消したものの、決勝リーグの好カードはなかなかに興味深い。
アルゼンチンをイングランドが破れば、思い出してイギリスの友人にメールを送り、イングランドをポルトガルが破ればポルトガルの友人にメールを書き、それぞれに懐かしい返事がきた。
2004年のヨーロッパ選手権が行なわれたとき、私はたまたま開催国ポルトガルにいた。そうして、友人宅で皆で一緒にテレビ観戦などしているうち、ポルトガルは決勝まで進出したのだ。
試合の始まる前になると、街のスーパーにはほとんど人影がなくなった。というより、試合が始まる前に、お店の多くは閉まってしまうのだ。
人びとは真剣にテレビ観戦をし、またはスタジアムに行って、勝ち試合の後の街中での熱狂たるやわれわれ日本人には想像を絶するものだった。あんなことを渋谷や六本木でやっていたら、たちまちお巡りさんと衝突することになるに違いない。

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転機 1

<プレマ倶楽部>会員の皆さんと個別に過ごした感動と神秘のひと月半があっという間に終わり、気がついてみると7月。その間にサッカーのワールド・カップが始まった。
野球と違って、もともとサッカーには興味がなかった。
なにしろ、人間の外部器官のなかで、「手」は他の動物との差別化が最も顕著な器官だ。手が高度に発達したがゆえに、人間は驚異的な進化を遂げ、文化を残した。
したがって、すべてのスポーツで、われわれは手を有効に使う。ただ一つの例外、サッカーを除いては。不自然なこと、極まりない。
そのサッカーを初めて面白いと思ったのは、98年フランス大会のアジア予選だった。
紆余曲折の末、日本が最後に代表権を得た試合が中継された晩、私は『大いなる生命学』の最終校正をしていた。出版社でテレビをチラチラ見ながら、結局、ほとんど一睡もしなかったのを覚えている。
当時、サッカーでこれほど国中が沸くものだということを、私は知らなかった。

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呪い 3

そんなこんなで迎えた前回、私の解説にはやや熱がこもっていたのかもしれない。
初めての方にも分かるよう、全体の構図を説明した後、例によって前月分に新たな解説を加えながら復習していくと、ふと見れば時計の針は早や2時40分を示している。それなのにまだ、前月分は半ば……。
そうしてついに、ちょうど前月分が終わった頃、時計は午後3時を示していた。
こうして、『ギーター』が終わらないようにと祈られた方の「呪い」は成就し、「ごめんなさい、次回が最終回となります」と私は申し上げることとなった。
ところで、今月は下旬の土・日に久々の2nd STAGEが入っているため、<プレマ・セミナー>は18日になっていた。
……が、なぜかお申し込みが入らない。そうしたところ、今週に入って、なんとホームページに告知が出ていないことが皆さんからの指摘で分かった。
担当の女性は、私の仕事の何もかもを一人で担当しているので、どんなに有能でもこういうことがときに起こる。
(このまま、誰もおいでにならなくて、ふたたび『ギーター』は終われないのか……)
一瞬、そんな思いが脳裏をよぎった。
告知が出てからなんとかお申し込みも入り始め、予定通り18日にセミナーは行なう。
……が、それにしても恐るべきは『ギーターの呪い』、私は果して本当にこの日、『ギーター』の解説を終われるのであろうか……。

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呪い 2

メールには、ギーターの解説を毎月、楽しみにしていた。毎週でも、毎日でも聞きたいくらいなのに、なくなってしまうなんて……(T_T) という意味のことが書かれていた。
有り難い。極度に有り難い。そんなふうに思っていてくださる方が、たとえ数人でもおられたとは……。
しかしなぜ、もっと早くにそう言ってくれなかったの?? みんな、大人しいんだから……。
「『ヨハネによる福音書』もまた、巨大な人類の精神文化です。とりあえずこれをやって、また機会があったら『バガヴァッド・ギーター』に戻りましょう」
そう口頭で申し上げたところ、その方はこう言われた。
「では私、『ギーター』終了反対の署名運動を始めます」
「ちょっと、待って……」
 それはよくないと申し上げると、「分かりました、それでは『ギーター』が終わらないよう、お祈りだけします」。そう言ってその方は微笑まれた。

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呪い 1

<プレマ・セミナー>においでになる方は、とても大人しく、礼儀正しい。
時間にはぴったりおいでになっていて、私がぎりぎりに入ってきて机につくとすぐ、シンと静まってくださる。毎回、こちらが恐縮してしまう。質問は……と聞いても、少数の特定の方以外、ほとんど誰も手を挙げることはない。
過日、「『バガヴァッド・ギーター』の解説をとりあえず終わり、その次の回からは『ヨハネによる福音書』の解説を始めます。いかがでしょうか……??」と発言したときにも、会場はシンとしていた。
この東洋の聖書も解説を始めてはや1年半、そろそろ他のトピックが望まれているだろうと思っていたのだが、果して喜んでくださっているのか……。そう思いながら、ともかくも『ギーター』は終了することにした。
が、後になって、何人かの方からメールをいただいた。『ギーター』の解説を終わって欲しくない、というものだった。

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聖書

そんなに忙しくしているのなら、28日(日)の<プレマ・セミナー>はどうなるんですかというお問い合わせをいただいた。
28日は、予定通りのスケジュールで、『東洋の聖書 バガヴァッド・ギーター』の解説を行なう。「ギーターのハート」といわれる第二章が完結するので、今回はこれまでの解説すべての総括となる。……が、いつもと同様、初めての方にも分かるように解説するつもりだ。
過去にお答えできなかったご質問にもお答えするつもりでいるが、これまで質問をしそびれていたという方がおられたら、メールなどで送っていただきたい。
その場での意外なご質問も歓迎。残された朝・晩の時間を使って、少しずつ準備を進めている。

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聖女

<プレマ倶楽部>会員の皆さんのみを対象にして、お一人おひとりと一緒に過ごす日々が続いている。
9時から10時まで(……というと大したことなさそうだが、朝の9時から夜の10時まで)、 お一人につき3時間半ほど一緒に過ごすと、それぞれの方との絆が深まり、ときにはまるで過去世からの記憶を呼び起こされたかのような、不思議な感覚が芽生えることもある。
ただ、肉体をもって生きる以上、 それ以外に必要な時間もあり、少し時間ができると貪るように瞑想したり食事したりすることとなる。
だが、毎日のように神秘に遭遇する日々は、相変わらず幸せだ。
6月上旬まではこの調子の生活が続くが、その間に、毎年恒例となっている聖女アマチの来日がある。
今年は講演のご依頼をいただいたので、謹んでお受けすることにした。 (5月30日の午後1時〜2時。会場はミズノフットサルプラザ 味の素スタジアム内、入場は無料)
そのためには、ぎりぎりのスケジュールで動いている現在の仕事を移さなければならなかった。お願いをしたところ、関係する方全員が快くこれを承諾してくれた。本当に有り難いことと、感謝する他はない。
事務局より:
アマチ国際チャリティーフェスティバル期間内(5月28日〜30日)は、 会場で青山先生のサイン本を販売します。
著者印税の全額をNPO法人 アムリタ・ハートに寄贈し、役立てていただくことになっていますので、すでに本をお持ちの方も、贈り物用などにご活用ください。
また、30日、会場で青山先生をみかけたら、皆さま、またはお贈りする方のお名前をお入れ致しますので、希望される方はお声をおかけください。

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GW 2

でも、まだ1年。ぴよぴよ(^◇^)のくせに、結構いっちょまえに変化があったことには自分でもびっくりです。
A.たんたんと瞑想していると、気がついたときには時の経過が味方になってるんですよね。○年も歳をとった、となるのと、○年も瞑想して幸せになった、になるのとでは大きな違いです。
1年前のあの日がなければ今の私はなかったわけですから、こんな大きなチャンスをいただいたことに本当に感謝しています。
A.嬉しいです。
これから瞑想を授かる幸運な方々にも多くの祝福があることでしょう。何よりも私が、その祝福を実感できる私になれたことが嬉しい。きっと受講された方たちも同じ想いでいらっしゃるかと思います。
A.自然界の祝福、生命の神秘、神の恩寵により、瞑想を教えたほうも習ったほうも幸せです。
先生にとってはたいへんなお仕事でしょうけれども、どうか頑張ってくださいね! もちろん、ご健勝でありますように。
今回の講座にも20人の方が見えた。その皆さんにも大きな幸せが待っていることを祈るうちに、今年のGWも終わっていく。

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