運気 13

そんな大山君も、戦うことに強烈に悩んだ時期もあったという。
しかし今、彼は戦いを通じて何かを与えたり伝えたりしていくことが自分の「ダルマ」だと感じている。
トーナメントにおける次の試合は、桜庭和志か秋山成勲、またはメルヴィン・マヌーフになる。
もともと大山君は、桜庭選手の戦いを見て触発され、柔道家から総合格闘家に転身したのだった。
そして、秋山成勲はいうまでもない、反骨の柔道王。「格闘界史上、最も危険な男」マヌーフは、前回、大山君をTKOで下し、しかし本当はどちらが強いのか、もう一度やりたいと言い残していった選手である。
このうちの誰かと次回、大山君が戦うとき、私は札幌で瞑想を教えている。思えば1年半前、試合の一週間前だというのに彼は三日間の瞑想講座に参加してきたのだった。
それまで、彼のK-1での戦績は2勝7敗だった。瞑想を始めた後は4勝2敗。それはもちろん、すべて彼の才能と努力の賜物なのであるが、瞑想を教えた私としてはこれほど嬉しいことはない。
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厄払いのために崩壊したサンダル

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運気 12

さらにまた、大山君は興味深いことを言った。
「僕の右膝は十年前の大きな怪我のため最後まで曲げる事ができません。寝技の展開になった時には、不利な要素になります。ところが、不思議な事に入場直前の準備運動の時に突然右膝が最後まで曲がり出しました。今までどんなリハビリをしても回復しなかった膝の柔軟性が、突然治ったのです」
そんなことがあるのだろうか……。
グレイシーは、パワーにおいても柔軟性においても、抜きん出た格闘家だ。だから、膝が最後まで曲がらない状態で彼と戦うのは、それだけでも大いに不利となる。
が、この日、普段にも増して祈り、感謝の気持ちを込めていたという大山君に、戦いの直前、このようなことが起きてきた。
聖母の誕生日、われわれのほうからお祝いをしなくてはならないというのに、聖母のほうからお祝いをくださるとは!

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運気 11

そしてこの日は、われわれにとって特別な日でもあった。
「試合が始まる前、いつもの曲が流れたとき、精神を統一してから入場します。でもこの日は特別だったので、少し長く祈りや感謝の気持ちを込めていました──」
試合後、登場が遅れた理由を聞くと、彼はそう語ってくれた。
この日は、聖母マリアの誕生日なのだ。カトリック教会は、聖母の誕生日を9月8日と設定しているが、ご出現になった聖母が、本当は8月5日だと言われた。実は、大山君の試合も6月と決まっていたのだが、延期となり、その結果聖母の誕生日に重なった。この知らせは、なんと4月7日、秋田のマリア様をわれわれが一緒に訪れていたその時にもたらされた。そしてわれわれはその旅のなかで、聖母によるご加護と祝福を祈ったのだった。
ちなみに、その他の聖母マリアの大きな祝日は、以下のようである。
 1月 1日 神の母の称号
 2月11日 ルルドの聖母の祝日
 8月15日 聖母被昇天
 12月8日 無原罪の孕(やど)り
わが国においては、順に元旦、建国記念日、終戦記念日、開戦の日に当たる。これは、偶然の一致だろうか……。

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運気 10

試合後、大山君は語ってくれた。
「最初のラッシュで倒せなかったとき、弱気になった瞬間がありました」
試合運びは、圧倒的に優勢だった。それでも弱気になることがあるのか……。
一瞬、そう思ったが、しかし実際にやっている人間にとってみれば当然だ。あのラッシュで倒せなければ、今度はどのような形でカウンターがくるか分からないのが今回の相手だった。
グレーシーの勝利への凄まじい執念を、大山君は試合中に肌で感じていたに違いない。だから、気持ちで負けないようにしたという。
生命の科学アーユルヴェーダはいう。
「人生には、運気という要素があり、努力や意志の力という要素もある。しかし、どちらだけですべてが決まるというものではない。強烈な運気が、努力や意志を凌駕することもあり、逆に強烈な精神力が運気を克服することもある」
この日運気は、たしかによくなかったとしか思えない。あるいは、起きてきた不吉なことが、少しでも“厄払い”のような形になったのだろうか。
いずれにしても、彼のこれまでに重ねてきた努力や、日々の練習や瞑想で培ってきた精神力が、これを克服したとしか思えない。

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運気 9

遂に、この瞬間が来てしまった……。
首を決められた瞬間、私はそう思っていた。これが怖かったのだ。
グレイシーに完全に決められれば、もう誰も抜け出すことはできない。あるいは、これまでのように一回りも二回りも相手が大きかったとき、いかに技術に勝る者でも抜け出すことはできなかったかもしれない。
だが、今日の相手は同じクラスで、大山君もまた、かつてよりもさらに修練を積んでいた。一旦は首を決められたものの、素早く抜け出し、ふたたび攻勢に転じた。上から攻め、離れては倒し、ふたたび上から攻め、そうして最終ラウンドが終わった。
亀田戦のようなことがなければ、誰が見ても大山君の勝ちだ。そう思っても、判定までの時間が長い。
結局、判定は2対0。が、ドローの判定をしたジャッジも一人いた。それほど、やはり実力は伯仲していた。
やむを得ない。相手はグレイシー一族のなかでも完成され、かつ最も凶暴といわれた男だったのだ。

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運気 8

HERO’Sライト・ヘビー級は、1Rが10分、2Rが5分、判定が引き分けの場合はさらに5分を戦う。
ボクシングスタイルで1R3分を戦うだけでもヘトヘトになるのに、総合で10分を続けて戦うにはとてつもないスタミナが要求される。
最初の10分を終わって、明らかに大山君が優勢だった。が、決定打が奪えない。もし、一瞬で関節を決められれば、もはや逃れる術はない。
第2ラウンドに入っても、やはり攻防は一進一退だった。打撃でもグラウンドでも、両者とも決定的な態勢になれない。
このまま判定になれば、大山君の勝利は間違いない。このまま逃げきって欲しい。
そのとき、グレイシーのローキックが大山君のボディーを捉えた。グレイシー柔術においては、打撃もあなどれない。
大山君は、ひるまずタックルに行こうとした。その次の瞬間、グレイシーの右手が首に絡みついていた。
首を決められた……!
そのとき、私の心臓が止まった。

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運気 7

だが、時間が経つにつれて、徐々に試合の主導権が片方に流れていった。
大山君が攻勢に出たのだ。相手のパンチを見切り、タックルで倒し、上から攻めたてる。それは、今までの彼の試合では見たことのないような、打撃による猛攻だった。下になった敵に、雨あられとパンチを降らせる。
が、それですんなり倒せるほど、グレイシーは弱くはなかった。打っても打っても、まるで柳のようにこれをかわし、耐え、反撃してくる。
終始一貫、大山君が優勢なのに、見ているほうは気が気でない。そのうちに私は、ふたたび悪い気分に陥ってきた。
グレイシーは、カウンターをとろうとしている……。私には、そんなふうに思われた。
ボクシングでいう、パンチのカウンターではない。攻撃に専心していれば必ずスキが出るが、その腕や足、または首をとり、一気に関節技で決めてしまうというカウンターだ。
無心に攻撃に出ている大山君を見ながら、私の脳裏を、この日起きてきたさまざまに不吉な出来事が掠めていった。

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運気 6

昔、いずれ劣らぬ剣の達人が二人いた。いずれも、いまだ負けたことがない。
ではこの二人、どちらが本当に強いのか、皆がそれを知りたがり、将軍のお声掛かりでついに雌雄を決するときがきた。
御前で向かい合い、いざ、始め! の声がすると、二人とも動かない。1分、2分と時間がたつ。どちらからも仕掛けようとはしない。さらに一分、二分が経ち、将軍は隣の指南役に言った。
「一体、どうなっておるのか」
指南役は言った。
「実力があまりに伯仲しているのです。少しでも下手に動き、スキを見せたほうが負けます。両者とも、その瞬間を待っているのです」
結局、両雄動かぬまま、試合は引き分けとなった。
この話を思い出させるほど、ゴングが鳴ってから、両者とも最初、大きな動きがなかった。やはり、実力が伯仲しているのだ。こういう場合ほど、見ているほうは緊張する。

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運気 5

今回のHERO’Sは、従来からあったミドル級と新設のライト・ヘビー級、両級の準々決勝である。
先にミドル級の4試合、続いてライト・ヘビーであるが、一試合目は元柔道王の秋山成勲が、二試合目にはオランダのメルヴィン・マヌーフが登場した。大山君はメインの前、つまりセミ・ファイナリストになったのだ。
彼のテーマ曲・ハートオブエイジアが会場全体に流れ始めた。神秘的な曲だ。
……が、しかし彼はなかなか出て来ない。……まだ出て来ない。
やはり、今日は何かがおかしいのか……。そんなことを思い、不安になっていたとき、柔道着を羽織った大山君がおもむろに登場。ゆっくりと花道を降りていく。そうして、リングの前で、いつものように精神を集中した。
さっきまで「○○○〜〜!」と叫んでいたMさんは、盛んに「峻護〜!!」と声をかけている。が、私はただ手を握りしめ、祈るしかなかった。
サンダルなど、すっかりダメになってもいい。リュックも完全に崩壊してしまったらいい。
とにかくグレイシー相手にいい試合をしてほしい。いや、勝ってほしいと祈るしかなかった。

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運気 4

何が起きつつあるか、私は誰にも言うことができなかった。
科学と迷信は一応区別して考えるほうだと自分では思うが、3つも4つもこんなことが同じ日に起きると、やはり気持ちよくはない。しかも、晴れの舞台に立つ大山君は、今日の試合に人生を賭けているのだ。
前座が始まっても、私はあまり試合に気が入らなかった。隣では、いつも一緒に応援に来てくれる有能な税理士のMさんが、「今日もすごい美女係数ですね〜〜」などとしきりに感心している。
大山君がこの日のため、何カ月も苦しい練習を重ねてきたことを私は知っている。今現在もまた、精神を集中し、最後の調整に余念がないに違いない。そんなときに、私自身を含め、応援団のこの有り様は一体どうしたこと……。
そのとき、私たちのすぐ後ろの席から、思わぬ大声が飛んだ。
「○・○・○〜〜〜ッ!!」
それは、【マリアの会】の妙齢の女性の名前だった。何故? どうして彼女の名前を、何の関係もないはずの後ろの男が叫ぶ?? 声は、大きく何度も飛んだ。
よく聞いてみると、それは今日の出場選手の一人(当然、男)の名だった。最後の母音だけが少し違うのだが、発声の仕方が悪くて、大声で叫ぶと同じに聞こえる。
ところが、これに便乗してか、隣のMさんも後ろの男に負けない大声で叫び始めた。
「○〜○〜○〜〜〜ッ!!!」
う〜〜ん……、もう、何がどうなっているのか分からなかった。

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