同行二人

さあ、ゴールデン・ウイークだ、
その間にあれをやってこれをして、などと思っていたが、
気がついてみれば、5月も半ば……。
あっという間の出来事だった。
5月3日は、エイトスター・ダイヤモンドで講演。
雨だったので、もし人数が少なければ膝詰め合わせてよもやま話を……と思っていたが、
お客様には3階まで入っていだたき、恐縮してしまった。
太古の時代、あらゆる民族の聖者・仙人が、
時間と空間を超え、そして因果律の枠組みも超えて、
存在の表層から深層までを読み解いた。
それについての深い真実をお話しできていたら幸いだ。
翌朝、6時前に家を出て、朝一番の飛行機で高松に向った。
ほとんどすべての皆さんが観光客と思われるなか、
6時台、同じ便の待合室には、元巨人の篠塚選手と宮本投手がいて楽しそうにしていた。
現役時代、身を削るようにして戦ってきたのだから、
引退して少しゆっくりしておられるかと思ったら微笑ましく、
見ていて嬉しかった。
定刻、8時台には高松入りし、
現地でS君とご両親の出迎えを受けた。
この上なく敬虔なご家族で、これまでご親族、ご友人を含め、
十数人の皆さまに瞑想をお教えしたことになる。
その後も週何回かは集まられて、夜、
1時間から1時間半の瞑想を一緒に楽しんでおられる。
そのS君が、私とYさんのために用意してくれていた白装束に空港で着替え、
一日“お遍路”に出発した。
この日一日でわれわれは5カ所のお寺をほとんど歩いて巡り、
1,000段近い階段を昇り降りしたことになる。
子供の頃から行きたかった金比羅山と、空海のお生まれになった善通寺では、
尊いご祈祷と護摩業にあずかり、
感激したYさんは「もうこれで、思い残すことはありません」と言われた。
この一日を綴っていけば、ちょっとしたお遍路談となりそうなのだが、
それはおいおい、セミナーなどのときにお話しすることとしたい。
ただ、この日の行程がたった一日で可能となったのは……

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ゴーヴィンダ倶楽部

インドから帰って一カ月、まことにせわしなく時間が過ぎ去り、
気がついてみると世はゴールデン・ウィーク。
昨日は<Art3>基礎編をお教えして、
受講生の皆さんとはまさに黄金週間をお祝いした。
また、今週中には、パリハーラム(神々にお捧げする供儀)として、
以前このブログでもご紹介したYさんと一緒に四国の巡礼路を白装束で歩き、
帰国以来、すっかり世俗に浸かってしまった身を清めてきたいと願っている。
ところで、まことに有り難くも「今までのインドのなかでも一番よかった」と
何人もの方に言っていただいた今回のツアー、
セミナー等のときにご質問がでればお話ししようと思って準備をしていたのだが、
真面目な受講者の皆さんからは、
いずれも聖典の内容や瞑想についてのご質問をいただいたので、
話題を振ることができなかった。
そこで今回は、【聖書会】に続く【祈りの会】のなかで、
インドのお話をすることを決意した。
また、大きな巡礼旅行が終わると、
そのときのメインの神様のお名前を冠したパーティを開くことが
おおむね恒例化している。
過去には、アイヤッパ倶楽部やサイババ倶楽部、ルッドラ倶楽部などがあった。
今回はさしずめ、
あらゆる願いを叶えていただくバラジ神にちなんでゴーヴィンダ倶楽部。
これをやや急だけれども12日、
【祈りの会】の後で行なわせていただくことにした。
おりしもYさんは、四国を瞑想の師と歩き、儀式にあずかった後、
「霊的講話を聞いた皆さん50人以上にお食事を差し上げる」ことになっている。
そこで、
今回のゴーヴィンダ倶楽部のお食事はYさんが出したいと言っておられるのだが、
現実は、半端なところに出前を注文するよりも、
皆さんの持ち寄りのほうが楽しいし、なんと言っても実際、美味しい。
なので、お食事を持ち寄っていただいた皆さんには、
Yさんから感謝を込めて実費を1000円ずつお渡しさせていただき、
お持ちにならなかった皆さんも、【祈りの会】後、
そのままパーティを楽しんでいただくということにさせていただけると嬉しい。
スタッフは、これからGWの間中、
ゴーヴィンダ倶楽部のクイズやゲーム、およびその景品選びに没入するという、
ある意味怖いことを言っている。
私は、5月3日は四谷のエイトスターダイヤモンドで
『2012・マヤ文明とヴェーダの科学、神々の予言について』
講演、その後四国を巡礼する。
12日の【聖書会】では、世界のキリスト教徒たちの解釈を真っ二つに分けた、
聖母マリアの真実について探求し、
【祈りの会】ではインドのお話をする。
また、クイズやゲームの勝者のためには、是非とも……

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インドの旅 番外編 6

今回のセミナーは特別な意味合いがあったこともあり、
皆さまにはそれなりに満足していただけたようだった。
しかし私自身は、前半部分を話している間からなぜか体の節々が痛み、
すこぶる調子が悪かった。
後半部分で皆さんとご一緒に瞑想したおかげで少し回復し、
(だから、皆さんとご一緒の瞑想は本当に好きだ)
さらに、その後にあったミーティングは大変重要だったので、
気の張った状態で臨んだものの、
しかしそれが終わるやすぐ、寒けがやってきて熱発した。
典型的な“インフルエンザ”の症状だった。
どんなひどいことになるか分からない雰囲気が感じとれたので、
とりあえず「タミフル」をのみ、布団に入るが、
熱があって寝つけない。
結局、ほとんど寝られない状態で翌朝(すなわち昨日の朝)を迎えた。
しかしそれにしても、いったいどこで感染したのか……。
その潜伏期間だったから、
最初の霊的講話が終わるまで弟子に会ってはいけないと書かれていたのか……。
そう思いながら昨日、病院で検査を受けたが、
なぜかインフルエンザウイルスは検出されなかった。
おかしい……
では、いったいあの発熱と悪寒はいったい何だったのか……
まだ熱も続いているのに……。
もちろん、インフルエンザでなかったのはよいことだったのだが……

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インドの旅 番外編 5

かつて駐日インド大使がこう語ったことがある。
「世界に二つの巨大な文化の源流がある。
一つはヴェーダであり、もう一つはユダヤ・キリスト教だ」
ユダヤ・キリスト教の流れが、たとえ文字通り、ヴェーダに比肩し得るものではなかったとしても、
なお、それが人類の巨大な文明の潮流であることには間違いがない。
現代のテクノロジーのほとんどは、その流れから生まれてきた。
春分の日、休日、うららかな陽気……
このような日に聖書の勉強に来ていただいた皆さんに……

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インドの旅 番外編 4 

私の住んだ山小屋のなかにはまた、
屋根裏に住みついている別の生物種がいた。
彼らは、屋根裏でなにかの遊び道具を持っているらしく、
夜ともなれば、それを盛んに転がして遊ぶ音がする。
ときどきカーーーン、カン、カンカンカン……と、
ちょうどパチンコ玉を木の床に落としたような音がして、
天井に空いている穴から、彼らの遊び道具が床の上に落ちてきた……
と思ったら、どんなに床を探しても何もなく、
それは、屋根裏の音が見事に反響してそのように聞こえるのであった。
当初、ネズミかと思っていたそれは、実はネズミではなく、
リスであった。
あるとき、樹の枝伝いに一家で屋根裏に出入りしている彼らを、
やはり偶然発見したのである。
今回のインドの旅、長かったそれも、終わりに近づいていた。
こうして動物たちとの触れあいを描いた番外編になってから、
寄せられるコメントが急増したが、
あのソクラテスの妻・クサンチッペ論争をしたとき以来のことだ。
私に個人的に送られてくるメールを合わせると、
大変有り難い数になり、
個別にお返事ができなかったのは大変申し訳なかったものの、
こうして皆さんも、動物たちを愛しておられることがよく分かる。
ヴェーダもまた、人間の幸福だけを念頭においておらず、
天界の神々や亡くなった祖先霊たち、
そして、同時代を生きる動物たちを幸せにすることもまた、
われわれが地上の生を全うするための務めであることを語っている。
今回、動物たちとの触れ合いの機会を持てたのも、なにかの縁であろうか、
私のなかでも、人類社会の平和や安寧だけではなく、
動物や植物も含めた、生命全体の幸福ということが、
最近は心に染みついて離れない。
将来、もし余裕ができるようなことがあったら、
(生涯、余裕はできない可能性も高いが……)
孤児の福祉や若い世代の教育と並んで、
動物や植物たちの幸福もまた、追求したいテーマの一つになりつつある。
ちなみに、おかげさまをもって私はすでに日本におり……

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インドの旅 番外編 3

すべての山小屋には、また、ネコが出没した。
インドの猫なので、当然、痩せているのであるが、
そのうちの一匹は、なにをどう見ても、
直近の過去世までネコだったというスタッフのMに似ているのである。
そこでこれをMと名づけ、ときどきエサをやるようになると、
そのうちにM!と呼んだだけで彼女(?)はこちらに駆け寄ってくるようになった。
さらには、なぜかインド人のような体つきをしているスタッフのHに似たネコが現れ、
顔だちにやや異国情緒漂うKまで登場した。
こうして徐々に仲間たちは増えていったものの、
小屋を移るときには、当然別れがあり、それなりにつらい思いもした。
特にスタッフの……いや、ネコのMと別れるときなどは……

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インドの旅 番外編 2

洗面台の小穴からカエルが侵入してきていた、といわれても、
読者の皆さんには信じられないであろう。
そんな小さな穴からどうやってカエルは入ってくるのか・・・。
もし私たちが、直径30センチの穴から出てこいといわれたらどうするか・・・。
まず手を通し、頭を通して、両手で踏ん張り、
しかる後に体全体を通そうとするだろう。
それと同じようにして洗面台の小穴から出てこようとしているカエルを、
私は発見したのである。
カエルは、私に見られたことに気づいたであろうに、さほど気にするふうでもなく、
そのままニョロンと穴から出てくると、
やはり体にいくらか負担がかかるのであろう、関節の屈伸運動のようなことを、
私の目の前でしてみせたのであった。
このカエルの健気な様子に私はいたく心動かされ、
私は彼をコーヘイと名付けることにした。
コーヘイとはいうまでもなく、
前人未到の世界選手権3連覇をなし遂げ、
今年のロンドンオリンピックでも個人総合優勝の最有力候補に数えられている、
体操家の内村航平にちなんだものだ。
コーヘイの人知れぬ努力と技術には心からの敬意を表するものではあったが、
しかしそれでも、部屋のなかに無数のカエルに入ってこられるのは困るので、
ちょうどカエルの体一つ分入るくらいのスペースがあるその穴の上を、
悪いが石鹸箱で塞いでしまった。
約30分後、恐る恐るこれを取り除いてみると・・・・

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インドの旅 番外編 1

チェンナイの空港でみなさんをお見送りしたとき、
それに続く旅がこんなふうであることが最初から分かっていれば、
私はどんなことをしてでもあの飛行機に乗って一緒に帰国したに違いない。
しかしよくしたもので、われわれには、未来の詳細が十分には分からないようになっている。
おかげでわれわれは、本当はどうなるか皆目分かっていない未来に向けて、
無邪気に、そして大胆に、歩みを進めることができるのである。
この旅の間、私が住処としていたのは主に山小屋であったが、
その山小屋も途中で何カ所かを移動した。
しかしそのそれぞれで、イモリとカエルの両方が出現した。
それは私の様子を見に来たスタッフだったのかもしれないし、
魔法をかけられた王子や王女だったのかもしれないが、
一度に8匹も9匹も現れるので、
踏んだり蹴ったりしないで外に出てもらうのも大変だ。
そこで、小屋にある穴という穴をすべて塞いでみたのであるが、
しかしそれでも、カエルは出てきた。
その理由は、長く分からなかったのだが・・・

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インドの旅8

ふたたび1時間をかけ、山小屋にもどる途中、
わたし的には信じられないスピードでメールチェックを試みると、
そのなかに次のような一報があった。
『昨年の夏頃から多発していた湿疹が最近治まってきました♪(原文のまま)』
とのことだった。
ちょうどこの時期、偶然とはいえ嬉しい。
申し訳ないことに、今は個別のメールにお返事を書く余裕がないが、
そういうことがあっただけでもよかった。
いまや私には、肌の変調の苦しみが十分すぎるほど分かるが、
そんなことがたくさんあってほしい。
私の知っているところでも、知らないところでも。
私のほうも、自然の治癒力により、ほんのわずかずつ快方に向かっているように思えるが、
皮膚科の医師からいただいた塗り薬を儀式の前・・・

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インドの旅7

私には到底、これが虫刺されによるものとは思えなかった。
確かに原因ははっきりしないものの、
症状は、ある日の夕食後、突然に起きてきたのだし、
この種の虫刺されの場合に起きてくるはずの高熱も、ひどい頭痛も、
起きてきそうな気配は一向にない。
医師は、手にも蕁麻疹ができてきていることが、これが食物アレルギーでないことの根拠だと述べたが、
果たしてそんなことがあるだろうか。
これが虫刺されによるものである疑いよりも、いまや、この医師が実際には用務員のおやじである疑いのほうが、
私には濃厚に思えてきた。
「ところで、仮にそうだとして、なにか効果的な塗り薬はないでしょうか」
「塗り薬? そんなものは忘れてください」
「・・・」
なんと、いい塗り薬はないから、処方もしないと”医師”は言うのだ。
なんという、良心的な医者!
効かない薬は処方しないというのだから。
とはいえ、こちらも往復で2時間をかけ、車を仕立ててきているのである。
なんとかして塗り薬を出してもらうと、
彼はついでに抗生物質も処方し、何を思ったか、
「そうそう、体重を計っておきましょう」とつけ加えた。
診察台にかけられていた奇妙に長い布を、
医師が、まるでマジシャンのような派手な手さばきで取り去ると、
中からは、小学生のころに使ったかのような年代物が登場した。
恐る恐る乗ってみると、針は46キロ台半ばまでしかいかない。
衣類分を差し引けば、45キロ台!
史上最低水準を更新だ。
ショックを隠せない私を横目に、医師は最後にこう言った。
「ディーパックさん、あなたどうやら、インドには向いていないようですね」
「・・・」
私がインドに向かないのは、医者に言われなくても自分が一番よく知っている。
「でも・・・」
と、申し訳なさそうに彼は付け加えた。
「悪く思わないで、また来てください」
「・・・」
インドへ、という意味なのか、あるいはまさか、当院へということか・・・。
が、ともかくもこうして、生まれて初めての皮膚科受診は終わったのだった。
しかしそれにしても、この医師が言った最後の言葉・・・

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