武士道 3

 会場となった国立代々木体育館に着いた午後二時には、すでに予選が終わり、残る選手の数は絞られてきていた。なかでも、ひときわ目をひいたのが、前回3位、前々回2位の大西健太郎(24歳)と、前二回を共に優勝している松本勇三(32歳:ブラジル出身)である。今大会はいずれが制してもおかしくないとの前評判どおり、両選手は順当に勝ち上がってきていたが、本当に、この二人の間で決勝が争われることになった。
 決戦を前に、私は興味深いものを見ることができた。神技氷柱割り。重さ20キロの氷柱二本ずつを、まずヒジで、次に足刀で、最後に氷柱5本を手刀で割る。
 一言に氷柱二本とか五本といっても、半端ではない。ある番組で、この種の氷柱の強度を検証していたが、プロの投手が至近距離から硬球を全力で投げつけても、こうした氷柱の一本もビクともしない。プロゴルファーがドライバーでゴルフボールを打ち込んでも、氷柱は折れることなく、中に穴が開いた。それほど、氷柱は折れないものなのである。
 これを人間が手で割るという技を、目の前で見るのは初めてだった。氷は、気合とともに粉々となり、割れた破片が7、8メートル離れた私の前まで飛んだ。割ったのはブラジル人師範。後で聞いてみると、どんなに練習しても、才能のない者にはできないという。また、どんなに才能があっても、長年鍛練しなければ、やはりできない。そして、どんなに才能を持ち、鍛練に時間を費やしても、「気」が入らなければできないという。
040418-3

神技・氷柱割り
040418-4

カテゴリー: スポーツ | コメントする

武士道 4

 決勝は、天才的な技のキレを見せる松本に対し、大西が驚異的な気迫で押した。しかし速射砲のように繰り出す大西の突きも蹴りも、すべて松本は見切り、試合は互角のまま延長に。延長でも甲乙つけ難く、再延長、そうして再々延長にもつれ込んだ。実に、二分間の延長を繰り返すこと4度。しかし4度目には、審判はそれぞれどちらかに挙げなければならない。
 それまでのどの試合も、どんなに接戦でも、どちらが勝ったかは私のような素人にも分かった。が、この試合だけは、どちらが勝ったか分からなかった。私には、わずかに、天才・松本の技の華麗さとキレが、大西の闘志と手数に勝ったように見えた。が、となりにいたプロデューサー氏は、大西のパワー空手の勝利を確信していた。そうして実際、副審二人の判定も、割れたのだった。
 観衆全員の目が、主審の長谷川一之師範の目に注がれた。長谷川氏自身、実は第一回の全日本空手道選手権大会の覇者である。師範は、副審の一人が赤、一人が白であることを告げ、そうして一瞬の、微妙な間をおいてから、勝者・白を告げた。館全体がどよめき、史上初の三連覇をなし遂げた天才・松本は、天を仰いで泣いた。
040418-5

大西選手(背)の蹴りを紙一重でかわす松本選手

カテゴリー: スポーツ | コメントする

武士道 5

 一時間後、会場は国立体育館から京王プラザに移されていた。すべての日程を終えた打ち上げパーティー。そのなごやかな席で、私の心は、いまだ決勝で下された判定にあった。
 負けた大西に挙げた副審をつかまえ、失礼を顧みず、私は聞いた。
「師範は、どちらが本当は勝ったと思われますか?」
 すると彼は、躊躇うことなく、「大西の勝ちでした」と言った。
「結局のところ、松本の技のキレと、大西の力の勝負だったんです。その二つを比べたとき、私には、大西の攻撃が勝っていたと感じられました。攻撃の重さが違いました」
 その自信の前に、松本の勝ちと思っていた私の確信は大いに揺らいだ。……が、実際には、判定は松本に挙がったのだ。
040418-6

準優勝・大西選手の拳
040418-7

優勝した松本選手の脚

カテゴリー: スポーツ | コメントする

武士道 6

 これに対し、最終的な判定を下した長谷川師範は言った。
「どちらが勝ったと言っても、誰も文句の言えない試合でした」
 師範は、静かにそう言った。
「では、どうやって判定なさったのですか?」
「松本は王者であり、大西は挑戦者です。こんなとき、挑戦者の側に挙げるためには、やはり挑戦者がはっきり勝ったといえる、なにかが必要でした。それに対して、試合巧者の松本は、大西の技をすべて防ぎ、要所要所を華麗な技で魅了した。松本が負けたと言える要素は、何もなかったのです」
 両副審が異なる判定を下した後、主審が判定を下すまでの時間は、数秒もなかったに違いない。が、その時間は、彼にとってとんでもなく長いものだったかもしれない。二人の武人が何年、何十年という精進を重ね、精根込めた互角の戦いに、優劣をつけねばならなかったのだ。
 私は、師範の苦衷をねぎらいつつ、さらに問うた。
「仮に、まったく仮にですが、二人の間に力の差が本当になかったとしたとき、師範は、ご自身の弟子である大西君と、ブラジルから来た松本君の、どちらに挙げますか?」
 この問いに、長谷川師範は、温厚そうな顔を崩さず言った。
「仮に本当に互角であったとしたなら、身内に挙げることは、私にはできません」
 現代に、わずかに残る武士道を彷彿とさせるこの言葉が、この日、私の脳裏にいつまでも残った。
040418-8

王道空手・佐藤勝昭宗師と

カテゴリー: スポーツ | コメントする

幸福 1

 三日間の瞑想講座・第一期生が終了した。参加された全員の方が、先週から一週間、毎日の瞑想をそれぞれに楽しんできてくださった。そしてその多くの方が、それぞれに深い瞑想を体験された様子だった。
 キリスト教徒ではないが、日頃からマリア様を慕っているある方は、ときどき聖母マリアの臨在を肌で感じるという。今までは、長く祈った末にそういう状態になったり、ならなかったりしたが、この瞑想を始めてからは、短時間でそうなってしまう。
「私は、どなたに感謝したらよいのでしょう」
 そんな奥ゆかしい言葉を聞いたとき、私はためらうことなく、「もちろんマリア様に……」とお答えした。
「われわれが出会えるように計らってくださったマリア様に、感謝してください。それから、こうして意識の進化が可能なように肉体を与えてくださった先祖と、特にご両親に感謝してください」

カテゴリー: ヴェーダ | コメントする

幸福 2

 かつて、ガンジスの女神の息子であった聖者ビーシュマは、父である王の願いをかなえるため、自らの王位継承権を放棄した。このとき、これを聞いた神々が驚き、天界から花びらを降らせたと『マハーバーラタ』は伝えている。
 かねてより、われわれが自分に最も適した真言(マントラ)を使って瞑想するとき、マントラの音の一つひとつに神々が微笑んでおられることを感じてはいたが、今回、瞑想中に仏様の花びらが降ってきて、きれいできれいで、そのまま時間が経ってしまったという方がおられた。呼吸するのを忘れてしまうくらいの静寂を感じるという方や、目を閉じているのに鮮やかで暖かい光が見えるという方もおられ、体験の仕方は人によりさまざまであるが、あらためてヴェーダ科学の深さに私自身が驚く。

カテゴリー: ヴェーダ | コメントする

幸福 3

 しかし、瞑想において大事なことは、そうした特別な体験をすることではないこともまた、講座の間に何度も申し上げた。そして、第一期の皆さんは、そのことをよく理解しておられる。
 神秘的な体験は、意識が拡大していく途上で、自然に起こってくる。神仏に愛され、すぐにそれを経験する人もいれば、より現実的な恩恵を享受しながら、ずっと後になって突然、経験する人もいる。進化の過程は人それぞれで、適切なマントラを使って適切な瞑想をしていれば、遅かれ早かれ、誰もが経験することになる。
 そうした神秘な体験は、この世界の精神性を教えてくれると同時に、普通は単調に陥ってしまうことの多い瞑想を、楽しんで続ける動機にもなる。が、われわれの最終的な目的は、個々の体験もさることながら、より速やかで全体的な意識の進化にある。人生が本当に充実し、周囲の人びとも幸福になることにある。その意味で、瞑想を始めてから多くの懸案がきれいに解決し、自然界が自分をもり立ててくれているのをはっきり感じるという方のお話もまた、私の心に深く残った。
 こうした多くの方のおかげで、幸せにしていただいたのは私自身であったとしみじみ感じ入る、特別な一日だった。

カテゴリー: 瞑想 | コメントする

星宿

 松井稼頭央。イチローの巧さと、ゴジラ松井のダイナミズムを兼ね備えた逸材と讃えられ、今年華々しく米大リーグ・メッツ入りした。年俸7億円強も、イチロー、松井秀喜の活躍がなければあり得なかった。
 ところが、好事魔多し。オープン戦前に指に怪我をし、他にもどこやら体調不良を訴えていた。案の定、オープン戦の打率は1割台。「開幕戦は、初球、ストライクなら絶対振りますよ」などと言っているが、一体どうなることか……と思っていたら、本当に初球・ストライクを強振し、打球はバックスクリーンへ。開幕戦の先頭打者で、メジャー初本塁打を記録したのは、66年ぶりだという。やはり、特別な星の元に生まれてきた人というのは、いるらしい。あるいは、禍福はあざなえる縄のごとしといおうか……。
 アメリカにいた数年の間、大リーグの試合を観たことはなかった。ところが、最近、日本で大リーグ公式戦を見ることになった。ヤンキース対デビルレイズ、日本での開幕第二戦。バックネット裏だった。
 当然、ヤンキース・松井秀喜の打席で、日本のファンは大歓声である。「ホームランッ、ホームランッ、マ・ツ・イッ!」などと騒がれても、そういうわけにもいくまいに……と思いながら見ていたところ、なんと松井は本当にホームランを打ったのだった。瞬きする間の出来事。この日、同点打に続く勝ち越しホームランで、場内は興奮の坩堝と化した。
 日本に凱旋し、とんでもないほどのプレッシャーがかかっただろうに、本人は「自分のやることをやるだけ……」とばかりにホームランを打つ。そういえば、昨年も彼は、ヤンキースタジアムでの初戦で満塁ホームランを放っている。
 そんなことよりも何よりも、ぼくが彼に驚いたのは、「本当に中学二年のときから、人の悪口を言ったことがないの?」と聞かれ、「はい、そのとおりです」と素直に答えられるところだ。どんなホームランや記録より、そのことのほうがこの人は凄い。
040408

カテゴリー: スポーツ | コメントする

サムライ 1

 真田広之さんのことを、長い間、ぼくは身体能力系の俳優さんだと思っていた。ところが、NHK大河ドラマ『太平記』の、特に最後の数回、足利尊氏役できわめて重厚な演技を見せられ、ひどく印象づけられたのを覚えている。その後、ある女優さんと噂になったときも、言い訳一つすることなく沈黙を守り通した姿が、さらに印象的だった。
 あるとき、見たことのある名前の方から、手紙を受け取った。差出人のところには、サインペンで小ぎれいな字で渡辺謙と書かれている。共演者の方に紹介されて本を読んでくれた謙さんが、感想をくださったのだった。その真摯な手紙にお返事を書き、などしているうちに、ロケ先からその共演の方と電話してきてこられたりして、東京に帰ったらひとつそばでも……、という話になった。謙さんは、無類のそば好きだった。
 こうして、日本人の俳優さんのなかで、好きな人が二人になった。そして、その二人が共演した映画が昨年から今年にかけて話題になった。謙さんは、この映画のためにロサンゼルスに一年近く移り住み、英語を磨いたという。

カテゴリー: 人生 | コメントする

サムライ 2

 日本で封切られたのは、昨年の十二月だったか……早く見たいと思いながら、ついに果たせず、ぼくは日本を発った。インドでは、多くの時間を山のなかで瞑想して過ごしたが、インド第四の都市・チェンナイに出たとき、大きな看板を見た。いくさ場に立つ、トム・クルーズの姿。『The Last Samurai』は、インドでも上映されていたのだ。
「インドで観ましたよ」
 そう言いたいがために時間をやり繰りし、何とか、インドを発つ日の夕方6時半の回を観ることができそうだった。フライトは夜の11時半。6時半の回を逃せばもう観られない。車を借り切って飛ばし、映画館の前に着いたのが午後6時。意外に楽勝だ……。
 ところが、館の前は大変な人出でごった返していた。『The Last Samurai』以外にもいくつかの映画を上映していたので、いったいどれが人気なのかが分からない。いずれにしても、アメリカに次ぐ世界第二の映画大国というだけあると感心しながら、なんとか売り場にたどり着く。が、窓口にいた無愛想な男はこう言った。
「1時間前に売り切れたよ」

カテゴリー: 人生 | コメントする