イアン・ソープのような超人はもう当分現れないだろうと思っていたら、
彗星のように登場して、あっという間にその記録を塗り替えてしまった男が出た。
ちょうどソープと入れ代わるように登場した2004年アテネ・オリンピックで、
6つの金メダルと2つの銅メダルを獲得したのがマイケル・フェルプス、
後に「水の怪物」と呼ばれるようになる。
2008年北京ではついに、出場した8種目すべてで金メダル。
うち、7つが世界新記録。一つがオリンピック新記録であった。
2012年ロンドンでもなお、4つの金メダルと2つの銀メダルを得、
その輝かしいスイマーとしての経歴を閉じた。
獲得した22個のオリンピック・メダルのうち、金メダルが18個なのだから、
「水泳において、やるべきことは全てやった」と語ったのも無理はない。
「これまで、競泳であちこちの町を訪れたが、実際に町を観光したことはない。
ホテルとプール以外のものも見てみたい」
そう言って引退したはずのフェルプスであったが、
しかしその彼が、なんと今回のオリンピックにいたのである。
解説者や役員としてではなく、選手としてだ。
200メートル個人メドレー。日本期待の萩野公介は第6コース。
ところが、第5コースにはかつてのこの種目の世界記録保持者ロクテ、
第3コースには地元ブラジルの英雄ペレイラ、
そして中央、第4コースにフェルプスがいた。
競泳界にカムバックしていたのだ。知らないのは私だけだったのか……。
4大会連続でオリンピックに出場しただけでも脅威的なのにレースの結果は……
フェルプスの圧勝だった。他の追随を許さない。
これでオリンピックの金メダル数を22に延ばすと同時に、この種目で4連覇。
これを受け、山口香が言った。
「もう、いい加減、いいと思わないのでしょうか」
(そう思ったからこそ、一旦引退したんだろうに……)
「こうなったら是非東京まできてほしい。東京で、萩野選手に倒してほしい」
(おいおい、いいのか山口香。この怪物、本当にそうするかもしれないぞ……)
結局、フェルプスは今大会で金メダル5、銀メダル1を自らの経歴に加え、
金23、銀3、銅2の計28個に増やした。
あのカール・ルイスですら金9、銀1の計10個、
水泳では伝説のマーク・スピッツが金9、銀1、銅1の計11個であることを考えると、
圧倒的な、五輪史上最多記録の更新といえる。
「一人の子どもが『水泳を変えたい』と思ったところから物語は始まり、
夢を生きてきた。金メダルとともに、最高のフィニッシュを迎えることができた」
8月13日、23個目の金メダルを手にした4×100mリレーの後、彼は言った。
「私が泳ぐ姿を、もう見ることはないでしょう」