先輩 6


 はっきり言って、人生は危機の連続である。しかし後にも先にも、生命の危機に瀕したのはその一度きりだった。
 だが、私よりも沖に流されていた者が一人だけいた。それがSだった。Sがわれわれのもとに戻ることは、二度となかった。
 それにしても、あの大波のなかを自力で泳ぎ、かつ後輩を助けようとしてくれたあの先輩は、いったい何という技量と体力の持ち主なのだろう。そんなことが中学二年の私に、強く印象に残った。
 その先輩は、後に高校三年時、生徒会組織を建て直すという仕事をされた。硬直してほとんど何の機能もしていなかった生徒会に執行部を設け、精力的に校務に携わった。
 太く、優しい声に、爽やかな弁舌。寮生活のなかで先輩というものを恐れるようになっていた私にとって、彼は思いもかけぬヒーローだった。高二のクラス委員として、彼の新しい試みに参画することができたのは光栄だった。今も私は、「(自民党)執行部」という言葉を耳にすると、あの頃のことを思い出す。
 そして先日、霞が関で、ある会合に出席した私は、目を疑った。あのときのヒーローが、そこにいたからだ。


カテゴリー: 人生 パーマリンク

コメントを残す